yeriaの城見

縄張り図を持って、城郭を見学。見たこと、感じたことを適当に。見るだけで、行った気になる! をめざしています。

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名胡桃城 その壱

平成26年6月30日(月)訪問

基本データ
【名称】名胡桃



さて、この日岩櫃城に続いて訪れたのは、後北条氏滅亡のきっかけとなったともいえる、あの名高い名胡桃である。この城もまた「真田太平記」の中で登場する御北条氏一説で出てくるからだが。でも、まあわりと知られたところだとは思うが、備忘もかねて、その前のくだりから、由来をみてみよう。
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  1. 2014/11/08(土) 11:48:00|
  2. 群馬県
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岩櫃城 其の壱

平成26年6月30日(月)訪問

この前に書いた滝山城見学から数年が経った。その間にも山城を中心に見て回っていた。不運なことに、OSをWindowsXPから8.1に変えるタイミングで、パソコンに貯めてあった一定期間の画像を失ってしまった。どこかにバックアップがあるのではと探しながらも、偏屈にこだわりがあって、最初の記事の滝山城見学を完成させないうちに次の記事にいくのはどうかと、躊躇していた。いや、気がのらなかった。私的なことは気乗りしないかぎり、しないほうがいいにきまっている。

しかし、このままだと先に進めず、これもよくないストレスになりそうなので、滝山城は見捨てて、気合いを入れずに再開することにした。ところで、前回記事の滝山城見学は面白かった。その後、同じ日に、八王子城にも足を伸ばしたのだが、夕暮れが近い八王子城は、何か切ないようなもの悲しさを感じさせられた。そうした印象はそのままに、書きたい城からいくことにしよう。

さて、今回の岩櫃城は、いつかは訪れたいと思っていた城郭のひとつ。関東三名城と称された城なのだが、理由のひとつにはそれもあるが、さらなる理由は、真田太平記にたびたびでてくることから、一度は行ってみようと思っていたのだ。長い小説の中で、すでに第一巻に紹介されており、岩櫃城の中城という曲輪に城主、真田昌幸の居館を置いている。そして、居館内には五坪ほどの板敷の間、あの「地炉の間」が設定されているのである。この真田太平記は、小説を原作としたNHKのドラマにもなっていて、このドラマが、なかなか小説に忠実に描かれていて、面白いのだ。

現実とフィクションを混同しつつも、それはそれで楽しい。実際に岩櫃城が真田氏の所属になるまでは、とったりとられたりの攻防戦が展開されていて、力攻めではなかなか落ちない城だったようだ。また、武田信玄亡き後を継いだ、武田勝頼が織田信長と徳川家康の連合軍に敗れた後、真田昌幸が勝頼を岩櫃城に迎え入れようと準備を進めていたことも知られている。結果的に、勝頼は岩櫃城には入ることなく、天目山で自刃したのだが。

さて、それでは、城跡を見学に。初めて行ったのだが、少々わかりづらい。というのも、近所に「岩櫃ふれあいの郷」という日帰り温泉があって、自分も最初、この施設に行ってしまった。大抵の城が駅からは遠いので、車の方が便利で、効率的なのだが、車だと意外とわかりにくいものである。

では、迷わない行き方→関越自動車道を渋谷伊香保インターで降り、国道17号線(三国街道)を北上。吹屋交差点を左折し、国道353号線(長野街道)をひたすら進む。松見橋交叉点を左方向に進む。そのまま直進すると、長岡交差点で国道145号(日本ロマンチック街道)と交わるので、道なりに進む。

しばらく進むと、右側に焼き肉レストラン「あおぞら」の赤い看板、続いて、家電量販店ベイシアの赤い看板、その少し先に作業服のワークマン。さらに、駐車場の大きな、自家製粉石うすそば「やまと屋本店」、その先は北関東に展開する、おおぎやラーメン。その先を左折。見逃さないように、写真を撮っておいた。
s-DSC01462.jpg
リゾートホテル「コニファーいわびつ」が目印だ。回りくどい説明をしたが、要は最初から、この「コニファーいわびつ」をめざすのがよい。

そして、細い道を進むと、岩櫃山登山口の看板が、見えてくる。
s-DSC01461.jpg

案内に沿って進むと、素敵な六文銭の旗印。岩櫃って書いてあるので、ここで間違いない。ここが駐車場なので、ここからは、いよいよ城の中に入って行こうと思う。
s-DSC01460.jpg
と思ったが、長くなりそうなので、今回はこのあたりで、ひと区切り。

テーマ:城めぐり - ジャンル:旅行

  1. 2014/06/30(月) 20:00:00|
  2. 群馬県
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岩櫃城 其の弐

岩櫃城の駐車場から城見スタート。その前に、岩櫃城の簡単な概要。城域は上野最大級。岩櫃山の全域ではなく、北東尾根上に曲輪を配置している。山全体を城域としないのは、めずらしいのではなかろうか。というのも、山頂には奇岩をいただく結構、急峻な山なのである。

案内所にあった無料のA3二つ折りカラーのすばらしいパンフレットの表紙に載っていた航空写真。
s-DSC02227.jpg
写真の中央が二の丸、左が本丸、右が中城。らしい。

城の歴史とか成り立ちは、実際に見学をしながら、ぼちぼちと学んでいくことにする。
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左先方に小屋が見えるところが、登り口のようだ。

その前に手前左側には岩櫃神社入口の看板があった。天狗丸とも。
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矢印にしたがって行ったが、畑が広がるばかりで、特に遺構らしきものは見当たらなかった。
s-DSC01394.jpg

では、登山口に。ここは、パンフレットが置いてある岩櫃山登山口休憩所。
s-DSC01396.jpg
蒸し暑い季節だったので、あまりこの中で、休憩したい気分ではなかった。でも、素敵なパンフレットが置いてあった。中には、縄張図や岩櫃城の解説が載っており、とても親切だ。

小屋の中には本格的な縄張図も貼られていた。
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それでは、進むことにする。
s-DSC01398.jpg
吾妻町(あがつままち)指定史跡だ。岩ヒバ(岩マツ)の採取は厳禁だ。注意せねば。とはいえ、自然のものは何も持ち帰る気はない。

登山口から進む前に、また詳しい案内版があった。
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要約すると、遠くは南北朝時代に北朝方の吾妻行盛が南朝方の里見氏に攻められ自害。行盛の子憲行は関東管領(山内)上杉氏に仕え斎藤憲行を名乗り、斎藤氏は6代続く。その斎藤氏の東吾妻郡支配の本拠となった城である。

その後、武田信玄の侵略にともなう、その家臣、真田幸隆(真田三代開祖)の調略により落城。武田氏が滅亡後も、真田氏支配が元和の一国一城令で破却されるまで続いた。真田氏にとって、この岩櫃城は、信州上田城から上州沼田城を結ぶ真田道の中間地点として重要な位置を占めていた。

それでは、縄張図で現在地を確認。右の方に進むと平沢集落。ここには居館が置かれていたらしい。まずは、まっすぐに進む。
s-DSC02226登山口

城址の看板にしたがって、左折して進む。
s-DSC01400.jpg

突然、現れたこの看板に足がすくんだ。
s-DSC01401.jpg
今日は平日なので、ほかに人っ子一人いない。看板が控え目なのが、かえってじわじわと恐怖感をあおる。大体、この時期に熊が出るのか。もし、熊に出会ったりしたら、いったいどう注意したらいいのだろう。

昨日、雨が降ったので、道は少しぬかるんでいる。蛇行しながら、細道を進んで行く。
s-DSC01402.jpg

堀切と土橋。堀はほとんど埋まってしまっている。
s-DSC01403.jpg

堀切の様子。本来はもっと深く掘削されていたと思う。
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緩やかな勾配を上ると、中城跡の案内が出てきた。
s-DSC01405.jpg

縄張り図でいくと、このあたり。
s-DSC02226中城後

ここまでは、楽々。この中城は、「真田太平記」では、真田昌幸の居館があった場所だ。しかし、曲輪全体がかなり傾斜しており、削平された平地はわずかである。
s-DSC01407.jpg

縄張り図にある道筋はこんな感じなのだが、あえて曲輪内にのぼってみる。
s-DSC01406.jpg

斜面を登ると平らな場所があり、あったとすれば、この辺が居館跡かな。それにしても、やぶ蚊が多くて、耳元で、「プーンン」という音が絶えず鳴っていて、鬱陶しい。
s-DSC01408.jpg

斜面になった曲輪を上っていくと、土塁のような盛り上がりがあった。
s-DSC01409.jpg

それでは、二の丸をめざすことにしよう。また、クマ出没注意。
s-DSC01410.jpg

中城を右手に堀底道を進んでいく。
s-DSC01412.jpg

反対側は断崖になっている。
s-DSC01413.jpg

中城との比高差は、測っていないがかなりある。
s-DSC01414.jpg

中城脇の勾配のある堀底道を登って、二の丸へ向かう。縄張図では、矢印方向に進んでいる。
s-DSC02226二の丸へ

かなり勾配がきついところは、こんな風に滑らないように整備されていて、ありがたい。
s-DSC01417.jpg

さっきまで、鬱蒼とした中城の中にいたので、とても歩きやすく感じる。それにしても、熊は出ないよな。
s-DSC01418.jpg

中城の上にも平坦な曲輪が広がっている。
s-DSC01419.jpg

ところどころに堀切が見られる。
s-DSC01420.jpg

ここまでうだうだと、20分弱。では、其の弐はこのあたりで。其の参へ続く。

テーマ:城めぐり - ジャンル:旅行

  1. 2014/06/30(月) 19:52:27|
  2. 群馬県
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岩櫃城 其の参

さて、孤独な城見学が続くが、途中、やぶ蚊がおおくて参った。虫よけ対策は必要である。蜘蛛の巣も多いので、キャップなどの帽子も必須だ。俺は、今回半袖できたが、できれば夏でも長袖が望ましいと思う。

屈折した堀底道を歩いて、ようやく二の丸に到着。二の丸は比較的、小さな曲輪だが、三方を堀に囲まれた、小高い丘という感じ。ここだけ、少し高いのは、曲輪を取り囲む土塁の跡。
s-DSC01421.jpg

縄張図では、ここ。中城は上部にいくほと、傾斜しており、二の丸は縄張図で見るより、高く登る。
s-DSC02226二の丸

二の丸もまた、少しだけ傾斜しているようだ。
s-DSC01423.jpg

二の丸から本丸へ向かうには、一旦、堀におりて登る。ここも、歩きやすく整備されている。
s-DSC01424.jpg

休憩用の小屋の後ろが土塁で、本丸を囲むようにめぐらされている。
s-DSC01425.jpg

二の丸と本丸の間にある竪堀。
s-DSC01428.jpg

夏草に覆われてわかりにくいが、屈折しながら、下まで続いている。
s-DSC01427.jpg

二の丸と本丸との比高差とさらに大きな竪堀を山下まで通すことで本丸の守りを堅めている。
s-DSC02226二の丸竪堀

そして、本丸に到着した。
s-DSC01431.jpg

居館跡の看板があった。
s-DSC01432.jpg

土塁状に一段と高くなったところが、櫓台があったところ。
s-DSC01429.jpg

らしい。すっかり錆びついて半分くらい読めなくなっている。
s-DSC01430.jpg

本丸の北側に位置する。
s-DSC02226本丸櫓台

おそらく本丸を囲繞していたであろう土塁。
s-DSC01433.jpg

本丸から下は険しい崖状になっている。腰曲輪のような平地はあったのかもしれないが、比高差はかなりあり、登るのは大変そうだ。
s-DSC01438.jpg

縄張図では、この方向を見たところ。反対側も同様に険しい。
s-DSC02226本丸から下を見る

本丸内にはこのような石積の崩れたと思われる苔むした石がところどころにころがっていた。
s-DSC01437.jpg

では、其の参はここまで。最後はその四に続く。
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  1. 2014/06/30(月) 18:47:43|
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岩櫃城 その四

さて、本丸を抜けると、本丸は一段高くなっているため、一旦下って、左側は岩櫃山山頂へと登坂が続いている。
s-DSC01439.jpg

本丸側を振り返ったところ。緑はともだち国有林。緑がいっぱいだ。ほとんど緑と蜘蛛の巣ばかり。戦国ロマンが伝わる岩櫃山には多くのハイカーが訪れるらしい。しかし、ここまで誰にも会わなかった。幸い、獣にもあっていない。
s-DSC01441.jpg

道を下ると標識がある。群馬原町駅へは3.5km。
s-DSC01443.jpg

本丸の北には、桝形虎口が設けられていた。内桝形のようだ。
s-DSC01446.jpg

下から見たほうがわかりやすい。
s-DSC01447.jpg

このような石を基礎に木戸などの何らかの工作物が設えてあったと思われる。
s-DSC01440.jpg

s-DSC02226北虎口

私はハイカーではないので、このまま進むと山頂に行ってしまうのを避け、再び元の道を引き返すことにした。本丸下の空堀。
s-DSC01449.jpg

行きは通らなかった殿屋敷跡にやってきた。
s-DSC01454.jpg

s-DSC02226殿屋敷

下は、私有地のようだ。かなり広大な平地なので、ここに屋敷構えがあったのであろう。
s-DSC01455.jpg

また、熊出没注意の看板。ひとりでこれを見ると、じわじわと恐怖心が湧き上がってくる。もし、本当に熊が出たら、いったいどう対処すればいいのだろう。全力で逃げるのか、それとも攻撃するのか。とりあえず、長い木の枝を拾って持ってみた。
s-DSC01457.jpg

s-DSC02226中城三叉路

中城の広い傾斜地を見上げたところ。ここが、いちばん蜘蛛の巣やら蜂やら蚊などが多かった。
s-DSC01458.jpg

そして、元に戻ってきた。
s-DSC01460.jpg

まだ木戸や橋台の遺構などが見るべきポイントは多いのだが、今日はここまで。また次の機会に譲ろう。このほかにも武田勝頼を迎え入れるべく建てられた御殿跡など、見るべきポイントは多いのだ。

そして、この後も城見は続く。次はあの名胡桃城だ。



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  1. 2014/06/30(月) 11:42:14|
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Author:yeria
某大学城郭研究会出身。
分け入って、見た、感じたことを備忘として。

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